フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊

review

ウェス・アンダーソンの作品にのめり込めなくなったのはグランド・ブダペスト・ホテルあたりだろうか。様式性、箱庭が強固になるほど自分には見る快楽が物足りなかった。
本作はヌーヴェルバーグ云々という触れ込みを見たことで自分の中のなんらかのヌーヴェルバーグ的なものを期待して見に行ったわけだが、過去作の方がみてくれとしては意識的だったように思う。
今作は短編集というわけではないが複数話からなっていて、収監、閉じ込め(閉じこもり)、拉致監禁と、どれも不自由を強いるものが描かれていた。
表現としてはスタジオ撮影らしきシーンが多く、そういう意味では閉じこもっているとも言えなくはないが、表現そのものから自由を感じない人はいないと確信できるほどのびのびとしたもので関心した。スタジオのセットが動かされカメラが奥や手前に動き、別シーンへと繋がれるようなショットでは音の広がりまでも感じられ、これだけのセットを動かしてシーンを変えるようなフィジカルでのアナログな作り込みをする作品が音声の加工でこの空間の変化を再現しているようにも思えず、どのような撮影が為されたのかとても気になった。カメラの向こうでセットが動いていたように、音のために配置された吸音材なども動かされていたのだろうか。