『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』

review

おもしろいというのは食事で言えばおいしいみたいなもんで、コンビニのおにぎりは今や積極的に食べたいほどおいしいし疲れてるときはご飯に塩かけるだけでもおいしいし、そういう意味ではこの作品はとてもおもしろかった。
ただ、具体的なことを書こうと思うとそれをさせまいとする力が働く悪い映画だと思う。この映画のおいしさの大半がそこにあるというのが悪い。
映画に何を求めるか。自分にとっては少なくともおいしさではなく、面白さでもなく、驚きというのはなかなか上位にある気がする。自分はこの映画ほど悪いやつではないのでここにしゃーしゃーとネタバレを書くようなことはしないけど、この映画に出てくる驚きについて、そりゃ驚きましたよ。でもこの驚きってこの映画単体が持ってる力なのかということは書いておきたい。それはいわゆるマルチバース的な意味ではなく、観客の力、観客それぞれの頭の中のマルチバースに乗っかりすぎじゃないですかと。自分の頭の中のスパイダーマンを勝手に改変しないでほしい。言ってみればスマホゲームでよくある「名探偵コナンコラボ」みたいなことですから。一刻も早いマルチバース禁止令の発令が待たれる。
映画を通して自分の知っている世界の殻が破られるような驚き、何か捉えようのない大きな力を感じて驚きたいのだけれど、文字通りそんなことがこの映画では起こっているようでありながら、すべてが作り手によって管理され観客を置いてけぼりにすることのない程度の驚きであった。この映画で唯一こちらの解釈を超え得る驚きがあったとしたら誰にでも施し続けるメイおばさんの姿だろう。
スマホで会話している二人をシネスコで2画面で映すショットで発狂しそうになった。スパイダーマンが街を巡るのも自撮り棒で撮ってるみたいでめまいがした。こういうショットがあるのが今どきの映画だとでも思っているのだとしたらなかなか悪い。