子ども時代のマレフィセントから映画がはじまり、豊かな自然の中を飛び回る様子はかわいらしいものに思えるのだが、しかしこの映画はそんな生の歓喜を少しも感じさせないほどの悲しみに満ちていた。
『マレフィセント』と『アナと雪の女王』の物語は気持ちが悪いほどよく似ている。
なんで心変わりするようなことをこんなにも強く確信してしまうのだろうという悲しみであり、また王に対しては心変わりすることなく確信し続けることへの哀れみの表情を浮かべる。
その場限りの信念によって大きな決断をしてしまうこと、それが過ちであったと時間が経つことで気づいてしまうこと、そのことのどうしようもない人間の弱さが映されると同時に、その弱さをしかと見つめるマレフィセントのオーロラ姫の前での独白は強く胸を打つ。
余談だが、『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』で出て来たファルコン(機械仕掛けの翼を装着した軍人)は、空を飛んでいるのを見ているだけで思わず笑ってしまうようなおかしみがあったのだが、『マレフィセント』でアンジーは頭に角を生やし、ときにはボディースーツのようなものまで着ていながら、それでも空を飛んでいてもファルコンのようにおかしさが感じられないのは何ともふしぎだった。
しかし『ウィンターソルジャー』の場合、ファルコンだけでなくキャプテンアメリカが「右を失礼!」とか言いながらただただ「ものすごく速く走っている」様子もなんとも面白かったのだから、アンジーやファルコンを演じたアンソニー・マッキーの問題ではなくアンソニー&ジョン・ルッソ兄弟の素質なのだろう。