2016年3月

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3/31

所用で京都へ行き、丸太町の辺りで暇ができたので平安神宮をぶらぶらしてみた。19世紀末頃に再建されたものらしいが、レプリカも100年経てば立派なもんだと思う。
そのあとMOVIX京都で『ヘイトフル・エイト』を見ようと思っていたのだけど二時間ほど時間をつぶさないといけない感じで、いっそ先に大阪に戻って難波で見ることにした。『ヘイトフル・エイト』はアメリカの罪にずぶずぶと引き込まれるような映画だった。南北戦争でどちらにいようが、黒人を差別していようがいまいが、それがアメリカで生まれた罪であればそこにいる人がどちらの立場であろうとも平等に罪がやってくるというか。終電で京都から帰ると1時くらいになってしまっていたけれど、先に大阪に帰ったおかげで12時には帰れた。

 

3/30

調べもの等々で久しぶりに西区の中央図書館へ。そのあと日本橋に行ってパソコンのパーツを見るなど。買う金がないのが悲しい。
先日USBメモリが安いということを書いたところだけれど、日本橋で探したらさらに安くて笑えるほどだった。なんなんだこの町は。

 

3/29

資料を大量に印刷してファイルに綴じたらサイズが全然違った。アホか俺は。

 

3/28

三ツ矢サイダー!!!

 

3/27

USBのフラッシュメモリなんて今時必要になることないよなと思っていたからというわけではないのだけれど、しばらく前から使ってたものが無くなってしまった。しかもここへ来てUSBメモリの必要性がに出て来てしまって、仕方が無いのでヨドバシの通販で購入。しかし安いな。1GBが100円くらいの感じだ。14時までに決済すれば当日に届くらしかったのだが、ぎりぎり14時を過ぎてしまった。amazonプライムみたいな会員制度的なものでもなく本当に頼んだ当日に物が届くのか試してみたかったのだけれど。

 

3/26

中山さんと映画の話をして半日過ごした。主に『ジョーのあした』の話。自主制作で作っているのに雇われ監督のように決められた型通りに映画を作る「自主的な雇われ監督」が多いという話の中で、阪本監督はまったく雇われてないという話をできたのがなかなか面白かった。

 

3/25

ここ最近は調べ物と金の算段で気がつけば一日が終わる。忙しいわけじゃないけれど。1000万くらいのお金、落ちてないかな。

 

3/24

『幸せをつかむ歌』、メリル・ストリープがロックバンドのギタリスト兼ボーカルなのでかなりきっつい映画になっているかと思いきやこれがとても良かった。何が良かったってそのメリル・ストリープが歌ってるシーンがどれも最高で、この映画がどんな映画だったかなんてどうでもいいんじゃないかとさえ思えるほどに素晴らしい時間だった。
それから『アーロと少年』を見たがこれも良かった。原始人的な少年と喋る恐竜を見て、恐竜の側に感情を寄せて見ることができるのはアニメならでは。

 

3/23

なかなか風邪が治らず。だいぶマシになったのであれこれ作業を進める。

 

3/22

今日も風邪でダウン。だいぶマシにはなったけれども。厚切りジェイソンのプログラミング教育番組を見る。プログラミングとはなんぞや、これで何ができて今はどこを目指しているのかなどの説明無しでいきなりスタートしてて驚いたんだけど、これって義務教育のリズムなんじゃないかなと思ったんだけどどうなんでしょうか?

 

3/21

風邪が酷くて眼をつぶってないと涙が流れる。

 

3/20

早朝からテニスを見ていたからか風邪引いた。しんどい。ショーンKは自分のことについてまるで他人事のようにコメントしてしれっとカムバックするのが一番いいんじゃないかと思ったけど風邪引いてアホになってるだけかな。

 

3/19

早朝に起きて錦織対ナダル戦を。すごく集中したいい試合だった。K負けたけど。
それはそうとショーンKという人、この人なんなんやろってずっと思ってたけど、結局なんやよーわからん人やったんやなと。テレビ局側にとっては詐欺されたようなもんだけど、あんまりそういう風に報道してないのはなんなんだろうというは気になる。

 

3/18

だらだらと一日を過ごした。だらだらと言っても、僕が思うだらだらと読み手であるあなたが思うだらだらでは過ごし方がまるで違うので、もしかしたら思っている以上にだらだらしてるかもしれないし、あるいは案外きびきびとした時間かもしれないが、そんなことはいいとしてとりあえずいくつかやることはやっているし、先日届いた確定申告の控えの返信用封筒に貼っていた切手が10円不足していて、そのお金を払うのは忘れてしまったという程度にはだらだらとした時間を過ごした。

 

3/17

仕事は暇になったが入金がなく金欠。何もできない。金があればレコード棚でも作るのだけれど。

 

3/16

シャンタル・アケルマンの『アメリカン・ストーリーズ』を観に行ったのだが、これ一本だけ見てもちとつらいというものだった。

 

3/15

パリバ、錦織が勝ってマレーが負けた!!!

 

3/14

『マネー・ショート』はなかなか面白かったが、物語を物語として物語るまいとする姿勢に少し疲れた。もしここで描かれていたものを物語性を強くして描いていたとしたら、それは邦題の副題についている「華麗なる大逆転」が際立ってしまうだろうが、この映画が賢く、そして肯定できるのは、ともすると大逆転の話となりかねない物語に距離を取り、結果として勝者となった幾人かの主人公たちが抱える敗北感を捉えているところだ。その敗北感とは自分たちの賭けが勝つということが多くの人の不幸と通じているということなのだが、その中でもラストにブラピが若者たちに話していたように「金持ちになりたい」という心理を決して無責任に批判することなく常に内在するものとして描いている。

 

3/13

ここ数日の震災・原発関連のテレビはなかなか面白いものが多かった。NHKでやっていた『原発メルトダウン 危機の88時間』で、原発の事故が今よりももっと酷いことになっていたすれすれのところで理由不明の文字通りの奇跡によって悲惨なことにならなかったということが語られていた。本来なら格納容器は爆発してもおかしくなかったが、何故か爆発しなかったと。奇跡というものはそれが起こった我々に取っては確かにありがたいものではあるけれど、しかし奇跡でしか助からなかったということはもっとしっかりと受け止めないといけない。

 

3/12

小学生のちびっこたちのピアノの発表会に行った。一生懸命にピアノを弾く子どもたちを見るのはなんとも心温まるものだったが、高学年の子どもたちになると一生懸命だけでは埋められない差が見えて来ていろいろと考えてしまった。みんなそれぞれ必死に練習しているのかもしれないし、あるいは何故か他の子のように練習できなかったりして少しずつ差が出て来る。子どもも子どもなりにいろいろ考えて悩んでいるのだろうということが一瞬の発表の場から想像できた。いい機会だった。

 

3/11

5年。

 

3/10

おなかすいた。

 

3/9

TOKIOの長瀬が主演するフラジャイルという病院もののドラマを見ていて、製薬会社の人があまりにもあまりにもな絵に描いたような悪人キャラで、現実には悪いことをしている人がこんなにわかりやすい悪人じゃないから世の中めんどくさいことになってるんだよなと。
このドラマの長瀬は決してわかりやすい善人ではなく、「100%の診断を下す」ことを理念とする。その診断のためになりふり構わぬ彼の行動は患者のことを考えておらず彼自身のエゴでなんじゃないかとさえ思える。その長瀬に助手として付き添う武井咲は患者のことを一番に考えるわかりやすい善人として描かれるが、一見すると長瀬のエゴでしかないように見えるものが結果として良いところへ着地し、武井咲の患者への優しさは無知からの独善的な判断でしかなかったのかもしれないと思える。
「患者のことを一番に考える」とはなんともわかりやすいフレーズだが、それでは守れないものがあるというところで見ているこちらとしても葛藤する部分があるのだが、見るからに「患者のことを一番に考えていない」であろう人物が登場してしまってはドラマが破綻しているように思えるのだが、今後うまく回収されるのだろうか。
これと同じようなことを『蜃気楼の舟』を見ていて考えていたことを思い出した。
この映画はホームレスをどこかの田舎のプレハブに囲い込んで彼らの生活保護費をかすめ取ることを生業にした連中を描いているのだが、そのグループがまるで楽しそうに生きていない。『やくたたず』に出ていた玉井英棋が仕事終わりに缶ビールをあおり一言「まずい」と言っていて、どうして彼がビールをまずいと感じるのかについて大きな違和感があった。飲めないビールを無理に飲んでいるというシーンだったのだろうか。広めの画だったからはっきりとはわからないが、おそらく発泡酒ではなかったはずで、ビールを飲みたいけど金がないから発泡酒しかのめないという気持ちからの「まずい」という台詞でもなかったように思う。まぁ発泡酒云々については半ば冗談で書いてるけれども。
彼らの仕事はホームレスの人たちの命を搾取することで成り立つのだから楽しい仕事ではない。それはそのような仕事をしたいと微塵も思わない私にとっては当然のことなのだけれど、それでも彼らは楽しくないことを受け入れてこの仕事をしている。そんな仕事をする大きな理由としては楽に稼げるからというのがあるだろうし、楽に稼げた分を何かの楽しみにあてているのではないかと思うのだが、それならなぜ彼はビールをまずくしか飲めないのだろう。ビール以外の楽しみがあったのかもしれないが、そのようなものは何一つ描かれない。それだけでなく、この施設で働く彼らは誰もがうつむいて暗い。端的に言って、悪いことをしている罪の意識に苛まれるようにして彼らが行動しているように思え、その印象は最後まで拭えなかった。
ろくでもない仕事を楽しくなさそうにしているよりも本当に厄介なのは、ろくでもない仕事を天職のように楽しんで働けてしまうことではないだろうか。そういう意味でこの映画の人物たちはまだ救いがある。救われることを前提として映画がある、というべきか。もし楽しんでいる瞬間が見えていたらこちらとしてはこの映画の現状に葛藤することもあっただろうが。施設のボスっぽい人物を演じていた川瀬さんだけはもしかしたら楽しくやれていたのかもしれないが、数カットしか見かけていないので勘違いのような気もする。
ここまで書いたことがこの映画で描かれていた大部分ということではないので必ずしもこの映画にとっての大きな汚点ではないのだけれど、映画で生き生きとしていない人間を見るのはなかなか苦痛ではある。

 

3/8

仕事が一段落して暇になったが現金がない。困った。

 

3/7

『蜃気楼の舟』を観るためにシアターセブンに久しぶりに行ったのだが、以前来たときはかつて梅田ピカデリーで使われていたらしき座席のある部屋に入ったと思うのだが今回は違うところでの上映で、そこはスクリーンもプロジェクターも常設らしきものが確かにあるのだが、ホテルの披露宴会場にあるような座席に座らされ、目の前に置かれたスピーカーはスクリーンの左右の等しい位置に置かれてはおらず向かって左のスピーカーが客席側にせり出し、さらに外側に開いた位置に置かれていた。それの何がダメなのかはめんどくさいので書かないけど、よくまぁこんなもんで通常の映画上映と同じ金を取るなと呆れた。でも本当にもう二度とここには行きたくないのでこれが最後だと思う。
ホームレスを囲い込んで彼らに住所を与える代わりに生活保護費をかすめ取る連中の中に主人公がいて、そんなことを生業にしている連中の生の実感やホームレスの人たちの生きながら死んでいるような時間の停滞の中で、映画はどうしてそんなことをしているのかを根本から問い直すことに挑戦していたように思う。それは端的に言えば「keep walking」である以前に「どこに行くのか」ということを問いとして立て直す試みと言えるだろうか。いや、それは問いというほどのものでもなく身体がそもそも備えているはずの生命維持装置のエラー信号みたいなもので、その生命維持装置がエラーを出すことができなくなっているということに気づくまでの映画だったのかもしれない。

 

3/6

みそ鍋をした。生姜とニンニクをすってたっぷり入れたらおいしい。
デビスカップの錦織対マレー、素晴らしい試合だった。0-2からフルセットまでいって最終的に錦織は負けたけど、マレーも錦織もとんでもなく質の高いプレーを続けていた。

 

3/5

三田村さんと晩飯にハンバーグを食いに行ったけどイマイチだった。自分が作るハンバーグの方がうまい。

 

3/4

青色申告は無事一段落したけれど、無駄な書類を送っていたっぽくて少しへこんだ。

 

3/3

上田さんが昼から『ジョーのあした』を見に行くというのでついて行った。おととしくらいから一度見た映画を何度も映画館で見るということはしないようにしてたのだけど、これは別。話の内容も面白いけど、辰吉の顔や口調、その場の空気感ありきでの言葉だから何度も見たくなる。
映画を観たあと茶屋町のハワイっぽい店でハンバーガー食って、そのまま『スティーブ・ジョブズ』を。言葉も画作りもとにかく速くて、ついて行くのが精一杯。おもしろいとか面白くないとかでもなく。速い。

 

3/2

急遽、今年二回目の牡蠣祭を。今回は4人で7kg食った。

 

3/1

『ジョーのあした』と『キャロル』を観た。『ジョーのあした』は辰吉のインタビューがほとんどで、阪本順治が聞いていることは特別難しいことを聞いているわけでもないのだけれど、その返答がなんとも面白い。辰吉の話がそもそも面白いというのはあるだろうが、とはいえ誰が聞いてもこんな話をできているかというとそういうことでもないはずで、阪本が辰吉と築いた関係性や聴く態度、作家としての姿勢が創り出した言葉であったように思う。だからカメラの前で言葉が産まれているということに驚き続ける時間になっている。阪本がカメラを向けたことで辰吉はこれまで考えもしなかったことを考え、言葉にして、それが彼の人生やボクシングに何かしら影響を与えているのではないかとさえ思える。カメラがなければ産まれない時間が記録されていた素晴らしいドキュメンタリーだった。

 

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