苦役列車とおおかみこどもとダークナイトとスパイダーマン

review

日々少しずつせこい人間になっているような気がする。
ここで言うせこい人間ってのは、世の中のあらゆる出来事に対して「誰かがそうするんだったら俺もそうする」というような負けのないゲームを続けようとする人間のことで、少しずつそういうところに引っ張られている気がする。
後だしじゃんけんやるような奴はつまんないからそうなりたくないのだけど、世界のネガティブな力、あるいは足の引っ張り合いに抗うくらいなら開き直って後だしする方がマシに思えてしまう。実際開き直った方が効率よく世の中動かせてしまうならその方がいいんじゃないかとさえ思えるから質が悪い。
誰かが後だしじゃんけんをやりはじめてそれがとがめられることもなかったらみんな少しずつ後だしするようになって結局誰もじゃんけんしなくなるじゃんか。この間のバドミントンの試合みたいに、負けた方が勝てる世の中って仕組みがおかしいとしか思えない。
と、そんなことばかり書いていても仕方がないのでとりあえずアルパカ。
arupaka.jpg
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そんなこと言ってても仕方がないからとしばらく日記を書かずにいたけれど、やっぱりそんなことないと思い直したのでまた書くことにする。息をするのもつらいので、せめて文句を書く。
アルパカの画像なんかアップしてあいつは何を考えているのだと思われても困ると思ってアルパカなんぞをアップするのだけど、ときどき真面目に受け取られる。俺の脳みそなんて空けたらみんな驚くやら悲しいやらすべてに対するいろんな悪態を考えてるだけで、でもそれと同じくらい世の中のことなんてどうでもいいとも思っている。こういうことを伝えるのは骨が折れるけど、ほんとうに、あらゆることがどうでもいい。みんなちゃんと好きにしたらいい。
「こんなことなら死んだ方がマシだ」なんて台詞を耳にしたことがある気がする。産まれたときから死んだ方がマシな世界に生きている中で「でも死ぬよりはマシでしょ」って最底辺の囁き声にだまされて死ぬよりはマシだと思いながら生きているしやっぱり死ぬよりはマシなのだろうけど、とはいえ「死ぬよりはマシ」って前提の中で生きていかなきゃいけない世の中ってなんなんだ。誰もが誰か死んじまえと思って生きているように思えてならない。
そんな中で観た『苦役列車』なんて当然面白いと思えず。
自ら貧しさをネタにして、そんなにまんまと物語に回収されていていいのか。
物語こそがお前を貧しくさせているのであって、そこにお前が吸い上げられるということはいくらお前が開き直って金になればなんでもいいと思っていようがお前が物語を紡いだ労働以上のものは戻ってこず、つまりはそれが搾取じゃないかと、そもそも貧乏であるという状況からして失われているのにさらにそのことを丁寧に物語に書き直して搾取されるなんて。。。ただの間抜けにしか思えなかった。
『おおかみこどもの雨と雪』にしても父親が肉体労働者で、ひと昔まえにガテン系などと呼び代えられた彼らの仕事も同情を乞うための道具でしかない。もし仮におおかみおとこが城に住むボンボンで、女がいいとこのお嬢ちゃんだったら、そこから見えてくるのは差別でしかないだろうに。自分の特徴を隠そうとした人と、特徴のままに進んだ人がいるだけではいじめなんてなくなるはずがない。その間を率先して縫っていくのが物語ではないか。世界に順応する映画。
そこをいくと『ダークナイト・ライジング』はクソ金持ちの自意識過剰野郎が自己満足のためにバットマンに変身して街を救おうとするというのがよかった。ハリウッド映画は世界の資本を代表する限り、金持ちの側から物語を語っていくべきだ。物語やイメージの貧しさはともかくとして、そんな本質とは関係なく、俺は金持ちだぜと言うやつがいて、それについていく人がいる。経済的にとても健康。
そこから自意識を抜いた『アメイジング・スパイダーマン』は、みんな普通だし俺も普通、スパイダーマンなんてネットで服は揃えられるし顔を隠したら誰でもなれるよ、ということを言い続けていてよかった。糸シュって出すやつも機械仕掛けで。
確か前作のスパイダーマンシリーズでは二作目でようやく彼女に正体をバラしていた気がするけど、今回は結構誰にでも正体をオープンにしていて、街中みんな知ってそうな感じがした。主人公、Facebookに「職業・スパイダーマン」って書いてそうなあけっぴろげな感じ。ツイッターでちょっとでもネタにしたらすぐリプライ飛んできそう。でも、親族には全然オープンじゃないんだけど。
「お父さんお父さん」と連呼する主人公がいるからといって、この映画からアメリカ映画らしき父親の物語を読み取るのはあまりに真っ当過ぎる気がする。おとんおとんと言っているふりをしながら、目の前で亡くなった彼女の父親との約束をあっさりと破ってしまえるところがこの映画の恐ろしさで、血縁よりも確かなものが信じられないほどの軽さで産まれてしまうその瞬間を見つめる映画だったんじゃないか。
橋で息子を助けてくれた父親が、あんなうまいことスパイダーマンのための通路を用意する仕事なんてしていないはずで、さらにああやって橋渡しするような世の中ならこんなクソみたいなことにはなってないはずなのだけど、SNS的な世界観では簡単にそれが達成されてしまう。そのウェブ感覚が面白かった。
ちなみに監督の名前もなんたらウェブだった。

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