2010-2012

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ちょうど二年ほど前、映画のトークイベントを開いたことがあった。
そこでの彼女はこれまでのどのときよりも楽しそうで、福井さんのふざけてるんだかぼけてるんだかなめてるんだかよくわからないボケにもツッコミを返したりしていて、これはギャグも通じるんじゃないかと思って下ネタまじりでふざけていたら、受けたりにらまれたり、たしかそんな感じだったと思う。ギャグが通じたぞと、手応えを感じて帰ったのを覚えている。
文章の言葉から感じる人柄と、見た目から感じるものがとても似ているように思っていたけれど、むしろ逆にとても朗らかでユーモアのある人だと少しずつ気付いていった。
彼女はおそらく、一番最初にDOOM!へ洞察を向けた人だ。
DVDで映画を観ることが作品を受容する姿勢として良いと思わないこと、それにそうやってDVDで見ることは映画館で映画を観る文化を捨てる行為だということを話したときも、その言葉の意味を誰よりもまっすぐ受け取っていた。おそらく、彼女は俺たちよりも映画が好きだから、だからこそ俺たちのような姿勢は取れないということをよくわかっていたのだと思う。今にして、そう思えるようになった。
逆に俺は、彼女のように聡明ではないし、聡明でありたいとも思わない愚図だから自分の能力の限り力を磨こうとする姿勢を尊敬していた。
そんな人が、俺たちにはっきりと敬意を表していることを感じ、何がそこまで彼女の敬意を呼び覚ましているのだろうかと考えさせられた。
その視線、洞察は、彼女がしばらく前に旅立ってからもずっと感じ、考えていたし、今も変わらない。
しかし今となっては、心の中だけで生きている彼女の視線、言葉を感じながら、もはやそれだけのものしか生きていないことに大きな悲しみを感じる。
ジョルジュ・バタイユの研究をしていたとのことだが、そこで何を見たのだろう。
彼女に観て欲しい映画がこの二年の間にたくさん出来た。これから出来るであろうことも広がっていた。
それはきっと彼女も同じだっただろうと思う。旅立つときも、なんどかメールをしたときも、再開への期待がそこにあったように感じた。
もしも出会いが少しでも早ければ、あるいは、俺が愚図でなければ、違う何かがあったと思う。
結果はわからないが、言葉は伝えられた。伝えられる言葉があった。
彼女の洞察の断片を、光の、音の、言葉の粒子に乗せて投射することを誓う。

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