塗って塗って塗りまくれし!

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先日友だちの結婚式があった。
大変おめでたいことなのだが、結婚式に行くというその日が近づくにつれ億劫になるのも事実で。
というもの、大人の女たるものそういう場所に出席するには、「化粧」をしていくのがマナーとされているからで、「ファンデーションは使ってませんっ」と柴咲コウのように言いたいけれど、それももうこの年になりゃ到底無理な話である。


以前、職場のオヤジに「あんたと柴咲コウの共通点は、生物学的に女というだけっ!」と言い捨てられ、それに何も反論できんかったことが思い出された…。

まぁ、柴咲コウの話はいいとして、とにかく「化粧」をしていかなあかんので練習をしなければ!。
一発勝負も怖いので、前夜、友だちのとりぞー(女。こいつも普段化粧をしてない。ばかりか夏になると小学生なみに自然光での日焼けに勤しんでいた)に確認し、「こんなんでええか」「ええんちゃう」、「そんなもんちゃう」「そーやんな」などといいながら、もう何が正しいか分からない顔になっていたが、なんとかなる気がしてきたところで終了。
結婚式は酒が入ると、自分の化粧があっているかどうとかは本当にどうでも良くなり、塗ってきたチークも効果があるのか分からない程、顔は紅潮し、いつの頃からか結婚式のしんみり処といえばの新婦の手紙(だいたい今まで心配、迷惑かけてごめんね。立派に育ててくれてありがとう。なのだが絶対泣いてしまう)の朗読になり、しっかり泣いてしまい顔はごちゃごちゃになってしまった。
化粧は意味があったのか。

やはり「化粧」はやならいといけないもんなのだろうか。
女とはめんどくさいポジションである。
私は、今まで化粧を求められる職場で仕事をしたこともなかったが、そういう職場でもきちっと化粧をしている人もいるので、やはりその人の意識のあり方なのだと思うことにする。
美術は好きなので、化粧もその類いに入ると考えてたところがあり、なんとかなるだろ?と思っていたけれど、そういうのも荒技でどうにかなるのは若いうち。やはり日々の積み重ね、練習練習、準備準備の賜物なのだなと実感したのだった。
世の女子たちはみんな隠れた努力家である。

結婚式の後、化粧をがっつり落としてシネ・ヌーヴォであった『サウダーヂ』の舞台挨拶に行って来たのだが、場内は120%の満席状態で、監督、ゲストの話ですごく盛り上がっていた。
久しぶりにこんなに湧いている劇場をみた。
『サウダーヂ』は積み重ねで出来上がった映画である。
映画はそういうもんなんだと言われたらそうだけど、より一層積み重ねで出来上がった映画だと思っている。
我ながら、強引なこじつけであるとは思うが、まぁいいじゃないか。

そういうふうにしっかりしていきたいとは思っているけれど、なかなが実行するとなると難しいもんである。

K.B.B.

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