ホームページのこととか

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あまりに久しぶりに自分以外の人間がホームページを更新していたのでとても驚きました長崎ですこんばんは。

DOOM!始めて一年くらいはみんな熱心にブログや批評を書いたりしてたんですけどね。

システムを去年までのものに変えてからはツイッターをやりはじめたこともあって誰も書かなくなってしまった。ので、久々に上田が書いてくれてまた楽しくやれそうな気がしてきました。
 

 

もともと映画批評をやるぞと動き始めたチームなのですが、批評をやるってのがなかなか難しくうまく歯車がまわらず、でも同時にやってた映画の上映企画はうまくいっていたので、そこから手探りに歩いていたらあれよあれよと四年目に突入しておりました。 

 

ホームページのシステム変更に伴い、これまでのコンテンツをほとんど消してしまいました。

これは単に個人的な感覚から全部さっぱりさせたくなったということもあります。これまで書いたものも紙になっているなら完全に消えてなくなることはないけど、ウェブだと完全に世界から消えてなくなりますからね。はじめから存在しなかったかのようになるのは容易い。

これからはこのことを引き受けながらページ運営していこうと思っています。 

 

アバウトのページもなくしてしまいました。

私たちはこういうものです、というフレームを用意することの退屈さから以前は写真を載せていましたが、もうそれさえも取っ払って、日々の動き、言葉、企画それぞれからメッセージを発し続けて行けばいいし、それはそんなに難しいことではないと思っています。

ただ、さすがに連絡の取り様がないのはまずいので、それは近日中になんとかします。 

 

とはいえ、軸足は批評。批評活動をするということとは別に、自分たちが動く上での指標は常に批評にある。

 

先日の上田の記事にもあったけど、映画の文脈の上にある映画への関心がどうにも薄れている。

 

もちろんなんでも観ているし、作品としての素晴らしさにすごいと騒いだりもするのだけど、同じように心揺さぶられながらも文脈の上からこぼれ落ちる映画に対して思考していきたい。たぶん、そういうところからしか何も広がらないし。 

 

文脈の中から映画を観る楽しみもあるし、いいかもしれないけど、自分にとってはそんなことはどうでもいいという思いがあってわざわざオナラのことを書いていたのだと、『ニューイヤーズ・イブ』の批評を書きながら気付きました。

 

すでにある文脈から映画を言葉にしていくのって、クラブの風営法問題で行政がやってることと変わらないんじゃないかな。

今の法律の下ではクラブは成り立たないから排除する、ではなく、今の時代に合わせたり引っ張ったりできる法律を用意してほしいと思うから、そういう姿勢で批評を書きたい。

でもたぶんそれって特別なことじゃなくて、生きるってのはそういうものなんだと思います。人に後ろ指さされることもあるけど、それが良いも悪いも責任を背負うってことだと思う。そうやって自分たちの未来は自分たちで用意しないと、あと40年近く生きていかなきゃいけないからさぁ。とりあえずやりますよ、俺は。

 

『ニューイヤーズ・イブ』の批評はおそらく次号のTRASH-UP!!に載るはずなので、ぜひとも今のうちに映画を観ていてください。

この映画みたいにハッピーなものになっているかは自信はないけど、これからの何かをやり直すための力にはなるかもしれません。

良し悪しはわかりせんが、自信作ではありますので、ぜひとも読んで欲しいな。

   

長崎

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