『ウォルト・ディズニーの約束』

review

ロードショーは終わりつつあるタイミングで、なんとか滑り込みで観て来た『ウォルト・ディズニーの約束』がなかなか良かった。


メリー・ポピンズの映画化権がどうしても欲しいウォルト・ディズニーと、出来ることなら映画になどしたくない作家との争いが映画のほとんどを占める。
そのメリー・ポピンズを書いたパメラ・L・トラヴァースはいかにも偏屈なイギリス人といった感じで何かにつけ文句を言うのだが、エマ・トンプソンの演技によって嫌み無く実直に心に届く。
メリー・ポピンズ自体を観たことも読んだこともないのだが、どうやら東風に乗ってやってきた魔法使いのお手伝いさんらしい。子供たちの願いを叶えて夢を与えてくれる、今で言ったらドラえもんみたいなものだろうか。
その作品を書いたトラヴァース婦人の人生は決してそのような楽しさと夢に満ちていたわけではなく、父親は酒におぼれ、職にあぶれる。寝込む父親に親切心で酒を届けた日の晩には、母親が枕元に立ち別れを告げ入水自殺をするが、ぎりぎりのところで幼いトラヴァースは母を連れ戻す。そのシーンの幻想的なまでの美しさと根底に流れる冷たさは、メリー・ポピンズという作品のもつ夢とトラヴァース婦人が過ごした過酷な生活の二重性を併せ持っている。
過酷な人生を過ごして来たからこそ、子供たちに人生の厳しさを砂糖にくるむようにして、夢だけが広がっていると伝えるつもりはないのだとトラヴァース婦人は言う。
だからか、彼女は映画もアニメも、ましてやミュージカルも、軽薄なものとして忌み嫌う。
しかしそれは彼女がこれらジャンルを嫌っているということではなく、あくまで軽薄さを嫌っているということである。
彼女は常に敵対してきた脚本家と音楽家チームが緊張しながら発表した音楽に心が解きほぐされ、足でステップを踏み出し、脚本家と一緒に踊りだす。
東からの風に乗ってやって来るのは何も特別な魔法だけではない。そのことを理解するには十分な夢のようなひと時がそこにはあった。

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