とある事情で引っ越してから初めてテレビをつないだ。
んでVHSに録画をしたのだけれど、今時VHSはあまり使われていないんだよな。
でもしばらく前に友人にBSを録画してもらったときに、ハードディスクに保存されたそれをDVDに焼いてもらったことがあったが、何がどうなってかよくわからんがうちのプレイヤーやMacやPCでは再生出来ず、ファイナライズ云々かと思ったがそういうことでもないみたいで、おそらく互換性の問題とのことでわざわざVHSにコピーしてもらったことがあったのだが、どんな番組でも大概レンタル出来る今時「あの番組見たか」とか「録画したの貸してくれ」とかということはあまりないのかもしれないが、もしあったとしたらその度にDVD読み込みが上手く出来ないとかそんなやりとりをやっているのだろうか。だとしたらとても不便だ。というか、観る気が一瞬でしょげそう。VHSもそれはそれで悪く無いと思うのでした。
来週の火曜から高松へ行って、瀬戸内国際芸術祭巡りをしばらくしてから実家へ帰る計画を立てているのだが、進行中のあれこれは大丈夫だろうか。何も連絡がなければ帰るつもり。帰ってる間に連絡があってもそれはタイミングが悪かったということで。
普段からそれほど美術に関心があるわけでもなく、どちらかというと美術はよくわからん、正確に言うとみんなが良いと言っている美術のことがよくわからん、さらに正確に言ってしまえば、みなが良いと言っていることはわからんでもないが、そんな簡単な解釈で簡単に良いと言ってしまっていいものかと。それでもたまに美術にも感動することはあって、それはほとんどがコンセプトというか、その美術がやろうとしていることと出来ていること、それをどう見せていてどういう人たちに届いているのか、ということには時々感動することがあります。そういうときだけ「良い」って言葉を使うんですが、たぶん言葉にズレがあるだろうとは思う。
でもさぁ、作ってる方もそんな簡単に「あれ良いねぇ」なんてわかられてたまるかって感じじゃない?
次回シネクラブお題の『カラフル』を観た。
ファーストカットがとにかくやばい。見てはならないものを見た感じがして鳥肌がたった。おそろしい。しかしこれから観る人のために多くは言わない。このファーストカットのためだけにでも見て欲しい、それくらいのやばさ。
原恵一のアニメ、確か前作の『河童のクゥの物語』のときにも思った気がするが、アニメーションなのにカメラで撮影してる感じがするんだよな。
そもそもアニメも撮影されたものだし、それにこの作品では実際にカメラで撮られた映像も混じっているみたいだったけれど(あさのいにおみたいな実写の使い方だった。見間違え?)、そういうことじゃなくて、カメラが撮影するときのこちらが意図しないものが写り込んだ感というか、作り込まれたものに潜む適度な雑味というか、そういうものがちらほらの見えて来た気がした。アニメとして書かれる必要のないものが書かれていて、それを観たときには書かれるべきものになっているというか、そうして現実でも虚構でもない時間を滑り込ませているというか。
それはおそらく音にも仕込まれていると思うのだが、この映画は多くの音をフィールドレコーディングによって作り込まれているんじゃないだろうか。ひょっとしたら台詞もアフレコではなくプリレコもしているのではないだろうか。
アニメーションという全てに対して緻密に作業が出来るものだからこそ、録音されたものや実在する街のようにすでにそこに生まれてしまったものを相手にして、その抗えないものと格闘することによって現実とも虚構とも違うものを産み出そうとしているように思えた。ひょっとしたらそれはアニメーションともまた別のものなのかもしれないが。
パンフレットにその辺の技術のことは書かれていないだろうか。買いそびれた。
と、今思いだしたけど、瀬戸内巡りに行くとなると次回シネクラブには参加出来ないので、誰かこの視点で代わりに喋ってみてください。新たな妄想が生まれるかも。
と、書いてから追記 --am3:18
映画の中で遥か昔に廃線となった路面電車が出て来たが、それをいかにも昔の映像っぽくということではなく主人公たちと同じ時間の流れとして電車が動いているというシーンがあった。
これはどの時間の出来事なんだと一瞬混乱するのだが、アニメーションはカメラで撮られた映像のように虚であれ実であれかつてどこかで起こった出来事が映されるわけではなく、書き込まれたもの、作られたものであって、時間は停止状態に近いのかもしれない。しかしあの電車はその止まった時間にまた別の時空を運んでいた。


